異なる視点を通した遺伝子治療

著者 ニクタ・ジャベルザデ (ディアラスのシニア・アソシエイト)

何十年もの臨床研究と数多くの挫折の後、遺伝子治療への見込みは今やきらめく希望以上の兆しが見えています。

遺伝子治療は、潜在的に病気を治療するために個人の遺伝子コードの内容を変えたり取り除いたりする機会を与えることで医薬品に大きな革命をもたらそうとしています。(1)これは出生時または出生数ヶ月で発見される、生命を脅かす単一遺伝子疾患をもつ人々にとって特別意味のあるものです。そして、最近のキムリア(Kymriah)、イエスカルタ(Yescarta)、ラクスターナ(Luxturna)といった新薬が世界中のランドマーク試験で次々に承認されていることは、まさに急成長している医薬品の新時代のパイオニアと言えます。

遺伝子治療は今のところほんの一握りしか行われていませんが、多くの研究が行われているところです。規制当局は、細胞療法と遺伝子療法への流れが急速に初期の開発段階に入ったことを認め、この傾向はこれから先何年か続くと予想しています。(2)現在米国では、800件に及ぶ細胞に基づいた療法、または直接遺伝子に関わる療法の新薬臨床試験開始届(IND)が提出されていますが、これに加え、米国食品医薬品局(FDA)は、2020年までに当局はさらに年間200件を超える新しい届け出(IND)を受理するだろうと見込んでいます。(2)さらに、2025年までに年間20個ほどの細胞療法や遺伝子療法の新薬が承認されると予想しています。(2)状況は日々変わり続け、あっと言う間に変わっていきます。

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現在の米国における遺伝子療法の新薬臨床試験開始届数
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2020年までに予想される遺伝子療法に関する新規の新薬臨床試験年間開始届数
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2025年までに見込まれる年間の細胞療法と遺伝子療法の新薬承認数

殺到する届け出に対応するために、FDAは臨床レビュアーの雇用を増やしたり、製品開発を促進するための臨床ガイダンス文書を発行したりとプレッシャーの中にいます。これらのガイダンス文書は理想的にあらゆるステークホルダーに提供され、薬の新しい分野をナビケートする手助けとなるべきでしょう。決して、たやすいことではありません。現在そして未来の遺伝子療法の施行者たちは、このガイダンスと今まさに決められている先例がこれからの数年の流れを決めるものとなるだろうと注目しています。すでに、多くの患者と医療保険者と医療提供者が存在しています。そして、よりよく理解されるべきであり、採用され易いようにするだけでなくアクセスできるようにするために取り組まれるべきであるという法的考察も出てきています。では、以下に述べるこれらのレンズを通して遺伝子療法について見ていきましょう。

患者

遺伝子療法の魅力に、多くの患者たちが惹きつけられていることは、目にも明らかです。遺伝子療法は、期待できる一回のみの治療として、健康な体に戻りたい患者たちにとって長年待ち望んでいた機会と言えます。
これらの革新的な療法は、過度な医療負担を軽減させ、服薬コンプライアンスの低下を抑え、個々に沿った投薬アプローチをしていくことができるでしょう。しかし、患者の強い切望の思いは薬のブロックバスター価格を前に、見事に打ち砕かれることになります。(4)

入院費や潜在的な副作用に対する医療費を含めなくとも、遺伝子療法費は373千ドルから100万ドル掛かると言われています。グリベラ(Glybera)は、希少疾患患者対象にも関わらず100万ドルも治療費が掛かることを理由に、欧州市場から撤退することになりました。(5)
高価な製造コストと限られた患者数を考慮すると、製薬会社が、投資利益率をプラスにするために価格をつり上げなければならないのは仕方がないことなのでしょう。単純に考えれば、その治療を受ける患者が少なければ少ないほど、その薬の価格は高騰するのです。

承認された療法による最近の市場への影響は限られているということに焦点を当ててみると、キムリア(Kymriah)やイエスカルタ(Yescarta)は従来の治療に反応しなかった癌患者にのみ推奨されており、またラクスターナ(Luxturna)においては、眼の希少疾患

遺伝子療法の開発促進と意識が高まるようにプラットフォームとしての役立つことに重点的に取り組んでいる多くの影響力のある患者支援組織や病気に基づく財団が存在しています。(3)
例えば、ソフィア・シーズ・ホープ(Sofia Sees Hope)の共同創立者のローラ・マンフレ氏は、2017年10月のFDAの細胞・組織・遺伝子療法に関する諮問委員会(CTGTAC)にて、レーバー先天性黒内障(LCA)を持つ患者と家族の代表者として、先天性の遺伝子突然変異は最終的には完全な失明に至ると証言しました。彼女は、遺伝子療法によって可能となり得る人生を変える視力の回復にも触れた感動的な患者の実話を共有するためにこのプラットフォームを利用し、ラクスターナ(Luxturna)のFDA承認を推進するために委員会を満場一致に駆り立てました。(4)病気と戦う患者の声として直接採決者に訴える彼女の影響力は、業界を変える治療の決定権に対して患者自身の影響力が強まっていることを示しています。

医療保険者

新分類の薬の出現により、the Institute for Clinical and Economic Review (ICER:臨床と経済的評価のための研究所)が必死に対応しようとしている医療費の還付システムの難題に製薬会社や医療保険者も頭を抱えることとなりました。(6)ICERは、CAR –T細胞療法及びキムリア(Kymriah)、イエスカルタ(Yescarta)そしてラクスターナ(Luxturna)に対する最終エビデンス報告を提出しましたが、その際、コストパフォーマンスとローンチしたばかりのこれらの製品の価値を評価していくことは極めて難しいものであると認めています。これを誰が非難できるでしょうか。長期の効果や安全性のデータもなく、これらの高価な療法が全体のコストを相殺できるかどうか誰も分からない状態です。もし、それ以外に他の治療方法がないのならばなおさらでしょう。確かな臨床エビデンスを積み重ねるために、患者を含むステークホルダー、一人一人が協力し合い、医療保険者がしっかりとした情報を得た上で保険の補償に対して決断ができるようになることがいかに重要であるか言うまでもありません。

“現在進められている多くの他の潜在的な変革療法と共に、タイムリーに患者がアクセスできる医療費の支払いと医療供給システムをより良いものになるように、また高額な一回の治療に対して短期で医療費を支払い易くできるように、さらにこれらの新しい治療を医療にもたらしてくれるイノベーションが報われ続けるように、医療に関わるステークホルダーの一人一人が今こそ協力していかなければなりません。”
– ダン・オレンドルフ:博士号(PhD)、臨床経済的評価研究所(ICER)前研究開発統括責任者)[10]

医療費の還付:価格設定の選択肢

医療費の還付の骨組みが絶対的なものとするならば、これらの新療法に関して、医療保険者は、商品の価値を評価するために具体的な臨床エビデンスが必要であると認めており、取って代わる支払いモデルの模索に取り組んでいるところです。(8)十分な有効性と安全性のデータ、これらは医療費の還付の原則を築くものであるが、これらのデータ不足が臨床的利益の耐久性に疑念を抱かせています。もし、医療保険者が医療費の全額を前払いし、その後患者が一度きりの治療で効果がみられなかったならば、医療保険者は重大なファイナンシャルリスクに陥る事になります。一方で、保険業者が万が一、治療効果をモニターするためにその期間の支払いが困難になれば、患者が加入しているヘルスケアプランの医療保障移管可能性(ポータビリティ)も危険に侵されることになります。どちらにしても、賭けは高くつくと言えるでしょう。

価値や成果に基づく契約モデルは、医療保険者の払戻意思を高めるために遺伝子療法製造者によって最近米国で取り組まれている有力な医療費還付へのアプローチです。ノバルティス社、ギリアド社やスパーク社といった製薬企業が様々な独創的な契約アプローチを行っていますが、遺伝子療法製品に特化した医療費還付モデルはまだまだ必要とされています。

医療従事者

遺伝子療法の持つ治癒の潜在的能力は広く周知されていますが、ヘルスケアの提供者(医療従事者)は、長期の安全性データ不足と治療方針決定に結果として大きな影響を与えることとなる法外な治療費のために不安を抱いています。医師は、患者に対し十分に情報を得た上で治療を決定しますが、遺伝子療法に対しては、警告や検討させるようなニュアンスを持たせることが多いです。
患者が現行の治療のレジメン下でコントロール良好であれば、もしかすると病気から解放されるかもしれないからといって、敢えて遺伝子療法を求めるだろうか。患者の期待を裏切らないようにどうやって“潜在的な治癒力”を伝えれば良いのだろうか。長期に渡る治療効果は何か。オフ・ターゲット毒性の危険性はあるのか。
そして最後に、本当にこの金額を出す価値があるのでしょうか。
これらの難解で場合によっては答えようのない質問をみれば、初期の遺伝子療法のローンチは小規模の分野の患者にだけしか使用されないでしょうし、市場での利用はもっと長期で臨床での安全性データが利用可能にならない限り最大化されることはないだろうということを示唆している。
幸いなことに、FDA(米国食品医薬品局)やEMA(欧州医薬品庁)は製薬企業に患者のその後を追跡し、心配を徐々に軽減させるために、市販後調査を完了するよう要求しています。これらの患者登録は、ヘルスケア提供者が重要な治療を決定する際に参考となる集積していくエビデンスとして貢献していくでしょう。それでもなお、製薬企業は教育資源に投資し、ヘルスケア提供者がその間十分に精通できるように彼らの申し出に応えていく必要があります。

規制当局

ほとんど全ての新興療法に、複雑な規制状況を乗り越えていく苦難が待っています。規制当局者は遺伝子療法の製品の持つ重大なポテンシャルを理解し、様々な幅広い疾患特異的遺伝子療法のガイドラインを介して臨床研究プロセスを洗練されたものになるよう進めています。(2)
例えば、2018年6月、FDAは血友病製品の開発をサポートすることを目的とし、治験デザインと前臨床考察を提供するため、血友病に対するヒト遺伝子療法の産業に関するガイドラインの草案を発行しました。(9)
この文書は、結果的に未来の製品開発と承認を早め、遺伝子療法のスポンサーが有力な道筋を築く上で必要な規制当局の確かな公約を明確にしていく鍵となる考察点に光を当てています。しかし、新分類製品の突然の導入を考慮して、最近発行されたガイドラインでは、規制当局が急ぎ足で特定し取り組まなければならない留意点を明らかにしています。遺伝子療法製造者は、市場に新しい治療をもたらす基礎的要求を確立するために規制当局と協力し合っていくユニークな機会の中にいます。スポンサーは足並みを揃え、リアルタイムで潜在する妨げを軽減していき、適宜要求を満たしていくために、規制当局者との早期・現行の科学的対話に携わっていかなければなりません。

米国規制政策のハイライト

米国の遺伝子療法規制政策は今日ダイナミックです。製薬企業は、再生医療先端治療(RMAT)導入と短縮された承認の道のりのお蔭で、代わりとなる治療効果を判定する最終的な到達指標(エンドポイント)を用いて製品の承認プロセスを早める機会を得ました。しかし、2025年までに年間20種類ほどの細胞療法と遺伝子療法の新薬が承認されるとのFDA予想を考えると、遺伝子療法製品の一般的な規制の流れをより理解していくことが大切になってくるでしょう。

結論

医薬品の新しい時代の
始まり、そして様々な病態への遺伝子療法の普及につれ、製薬企業はこの新領域にますます取り組んでいきたくなることでしょう。遺伝子療法の魅力と潜在的な市場支配力のエビデンスを得るために、スパーク社が開発した治療薬を買収したという最近のロシュ社の動向を見れば、それだけで十分に明らかです。この遺伝子療法薬の第一波は医薬品の新時代の第一歩となり、今後開発される遺伝子療法薬の基盤となるでしょう。
現状、患者は支払い可能範囲内での有効な治療を求めています。医療保険者は遺伝子療法への課題に特化した医療費の還付モデルを求めています。ヘルスケア従事者は怯まず、もっと自信を持ってこういった潜在的に有効な治療を行えるよう求めています。そして、規制当局は、この有効な科学的突破口が、「患者の人生を変えるため」に造られたという意義をしっかり果たせるように必死に取り組んでいるところです。

参照(英語)

  1. https://www.asgct.org/education/more-resources/glossary
  2. https://www.fda.gov/NewsEvents/Newsroom/PressAnnouncements/ucm629493.htm
  3. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4692103/
  4. https://www.patientsforaffordabledrugs.org/2017/10/18/taxpayers-and-us-patients-pay-twice-for-kites-new-car-t-drug/
  5. http://uniqure.com/GL_PR_Glybera%20withdrawal_FINAL_PDF.pdf
  6. https://www.managedcaremag.com/archives/2018/7/gene-therapy-must-sky-high-prices-come-down-price-right
  7. https://drugpricinglab.org/our-work/value-based-pricing-vs-outcomes-based-contracting/
  8. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/29144165
  9. https://www.fda.gov/downloads/BiologicsBloodVaccines/GuidanceComplianceRegulatoryInformation/Guidances/CellularandGeneTherapy/UCM610801.pdf
  10. https://icer-review.org/announcements/car-t-final-report/
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